IBIZAとは?

夕暮れのテラスでプレイするDJと地中海に沈む夕陽

孤独のチルアウト

IBIZAとは?

世界中の人々を魅了するイビサという島

クラブの島、パーティの島、夕陽の島——さまざまなイメージで語られるこの島は、実際にはどんな場所なのか。地理と歴史をたどりながら、この小さな島がなぜ世界中の人々を惹きつけてきたのかを見ていく。

Geography

Ibizaはどこにあるのか

スペイン東部、バレンシアの沖合およそ80km。地中海の西側に浮かぶバレアレス諸島のひとつが、Ibizaである。正式にはカタルーニャ語で「Eivissa(アイヴィーサ)」。隣にはFormentera(フォルメンテーラ)、少し北東にMallorca(マヨルカ)とMenorca(メノルカ)がある。

バレアレス諸島とイビサの位置を示す地図

面積はおよそ572平方キロメートル。日本で言えば淡路島とほぼ同じ大きさで、車なら数時間で一周できるくらいの小さな島。気候は地中海性気候で、夏は乾燥して暑く、冬は温暖。年間を通して晴天が多く、夏のシーズン(6〜9月)にはヨーロッパ各地から観光客が押し寄せる。

歴史的には、フェニキア人が交易の拠点として利用したのが始まりとされ、その後カルタゴ、ローマ、ムーア人、そしてスペイン王国へと支配者が移り変わってきた。地中海の交差点に位置するこの島は、古くから外から来る者を受け入れる場所だった。

そしてもうひとつ重要なのが、スペイン本土から海を隔てた離島であるという点。中央の目が届きにくい、辺境の地。この地理的な性格が、やがてIbizaを特別な島にしていく。

60〜70年代、イビサの入り江に集まったヒッピーたち

History

ヒッピーたちの楽園

1939年から1975年まで、スペインはフランコ独裁政権の下にあった。本土では表現や思想が厳しく制限されていた時代だが、海を隔てた離島Ibizaにはその統制が緩やかにしか届かなかったという。

1960年代、ヨーロッパやアメリカから、既存の社会に背を向けた若者たち——いわゆるヒッピーが、この島に流れ着き始める。安い物価、温暖な気候、そして誰にも干渉されない空気。Ibizaは、彼らが求めた自由をそのまま体現する場所だった。

ヒッピーたちは島に何かを建設しに来たわけではない。ただ、自分の感覚に従って生きられる場所として、ここを選んだ。そして結果として、その自由な空気は島に深く染みついていった。規範にとらわれず、ジャンルや文化の垣根を気にしない——その開放的な精神は、次の時代の文化を準備する土壌になっていく。

夕暮れのイビサの街並みと港
Photo: pexels-raymond-petrik

Music Culture

バレアリックの誕生

1980年代に入ると、ヒッピーたちが耕した自由の土壌に、新たな文化が芽を出す。クラブカルチャーの到来である。

Amnesia、Pacha、Privilege——Ibizaに伝説的なクラブが生まれ、ヨーロッパ中からDJとパーティピープルが押し寄せた。ただ、Ibizaのクラブは他のヨーロッパの都市のクラブとは雰囲気が違った。地下室ではなく、開けた空の下。コンクリートではなく、地中海の風。ジャンルの純粋性よりも、その場の空気に合うかどうか。

イビサのクラブで音楽に踊る人々

その空気を象徴するDJがいた。アルゼンチン出身のAlfredo Fioritto。1980年代半ば、クラブAmnesiaで彼が実践したのは、ロック、レゲエ、ポップ、ハウス、ニューウェーブ——あらゆるジャンルの音楽を「気分」で繋ぐ選曲だった。

これまで固定されていたジャンルの壁を取り払い、フロアの空気だけを頼りに音楽を選ぶ。この感覚的な姿勢は、やがてバレアリック(Balearic)と呼ばれるようになる。Ibizaが属するバレアレス諸島(Balearic Islands)に由来する名前だ。

バレアリックとは何か、その思想の奥にあるものについては、次の記事で詳しく書きたい。ここではひとつだけ記しておく。Ibizaという島の自由な風土が、ひとつの音楽的態度を生み出した——それがバレアリックだということ。
イビサ旧市街(ダルト・ビラ)の街並み
Photo: pexels-vince

Sunset & Sound

音楽が描いたIbiza

Ibizaの文化はクラブだけではない。もうひとつ、この島を語る上で欠かせないものがある。サンセット——夕陽の文化だ。

島の西海岸に位置するSan Antonio(サン・アントニオ)は、地中海に沈む夕陽を遮るものなく望むことができる場所として知られている。1980年にこの海岸沿いに開業したCafé del Marは、そのテラスから夕陽を眺めながら音楽を聴く、という体験を世界に広めた場所のひとつだ。

夕暮れのイビサ、海岸沿いに並ぶサンセットバー
Photo: pexels-sebcomantravel

1991年にCafé del MarのレジデントDJに就任したJosé Padillaは、沈みゆく太陽の速度に寄り添うように音楽を選曲した。踊るための音楽ではなく、景色と溶け合うための音楽。サンセットという日常の自然現象が、音楽を通じてひとつの「体験」へと変わった。1994年にはCafé del Marの名を冠したコンピレーションアルバムが発表され、あのテラスで流れていた空気が世界中へ届けられるようになる。

現在もIbizaには、Café del Marをはじめ、数多くのクラブやバーが営業を続けている。Pacha、Amnesia、Ushuaïa、Hï Ibiza——世界的に有名な箱が並び、毎年夏になると世界中からDJやアーティスト、そして彼らの音楽を求める人々が集まる。

ただ、ここで気づくことがある。Ibizaに人が集まる理由は、建物や施設の豪華さではない。どのクラブも、どのバーも、最終的にはその場の「音楽」と「空気」で成り立っている。そしてその「空気」の原型は、60年代にヒッピーが持ち込んだ自由であり、80年代にAlfredoが実践したバレアリックであり、90年代にJosé Padillaらがサンセットに重ねたチルアウトである。

Ibizaとは、場所であると同時に、その場所が生み出してきた空気の総体なのだと思う。

後書き

正直に書くと、自分はIbizaに行ったことがない。かつて憧れた場所だ。

Café del Marのコンピレーションを聴くのも、憧れと過去に訪れたありし日に想いを馳せるためだろう。遠い別文化の音楽に触れたいという背伸びだ。

そこには正確なIbizaはないだろう。音楽というフィルターを通して純化された、いわば翻訳されたIbiza。しかし、その翻訳があまりにも美しいから、まだ見ぬ島に惹かれた証になったのだ。

次回 → バレアリックとは?

ジャンルではなく、感覚の名前

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