部屋の中から海を渡る──揺れる椅子の話

星空の下、焚き火のそばのキャンプチェアに座って空を見上げる人のシルエット チルアウトルーム/chillout-room

身体を預けると、ゆっくりと前後に動き出す。まさに舟を漕ぐよう。

自分から動かしているのか、動かされているのか、しばらくすると分からなくなる。その境界が曖昧になったとき、時間の流れ方が少し変わる気がする。

漕いでいるのか、潮に運ばれているのか分からない。小さな舟に乗っているときの感じに近い。

ただ座るための道具というより、揺れるための装置の話。そして、椅子によって揺れの感じ方が違うというそれだけのことが、音楽と溶け合うために意外と大事だという話。

穏やかな海に見えても、下がどれくらい深いかは分からない。新しい発見を求めるなら、どんな舟を選ぶべきだろう。
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実際の使用レビューではなく、「孤独のチルアウト」というテーマに合う製品を、空間・音楽・夜の過ごし方という視点から選定・紹介しています。
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漕いでいるのか、流されているのか──Nychair X Rocking

夜景の見える窓辺に置かれた、布張りのロッキングチェア。傍らのサイドテーブルにカップが置かれている

普段の昼間は折りたたんで、部屋の端に立てかけてある。一息つきたい夜になると、取り出して広げる。

それだけで部屋の意味が少し変わる、というのは本当のことで、「ただ座るためだけの場所」がひとつ生まれる。舟を下ろすのに似ている。広げた瞬間から、その一角だけ床ではなくなる。

Nychair Xの揺れは、軽くて少し不思議だ。フレームが細く、布の座面だから、自分の呼吸や重心の移動がそのまま揺れに変換される。能動と受動のあいだが、ほとんどない。押しているのか、引かれているのか。布が少したわんで、背中を包み込む。木の椅子ともソファとも違う、身体を預けるというより、布の張りに乗っている感覚に近い。

街中の夜、窓の外をたまに車が通る。音楽は小さく、鳴り終わった後の余白が聴こえるくらいの音量で流している。揺れていると、身体と部屋の空気のあいだに、うっすらとした隙間が生まれる気がする。

自分が揺れているのか、部屋が揺れているのか。手の力を抜いても、舟はまだ進んでいる。そのずれが、心地よくなってくる。

岸を離れたのがいつだったのか、後から思い出そうとしても分からない。

細いフレームに布を張った座面。身体の動きがフレームのしなりに直接伝わる。折りたためる。


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オールを置いて、仰向けになる──NEMO Stargaze

星空の下、焚き火のそばのキャンプチェアに座って空を見上げる人のシルエット

Stargazeは、いつもなら誰かと外へ行くための道具だ。

キャンプ場、川沿い、友人や家族と過ごす開放的な時間。そういう場面のために設計された椅子を、ベランダに一人で持ち出している。少しだけ用途がずれている、その感じがある。

身体が吊り下げられるように支えられるから、揺れが前後だけでなく、わずかに立体的に広がる。身体を預けるだけで、背もたれが深く倒れていく。空が視界に入る。夏の終わりの風が、顔に当たる。

都市のベランダだから、完璧じゃない。室外機が唸っていて、遠くにビルの灯りがあって、虫の声がどこかから聞こえる。それでいいと思う。

音楽は少し遠くから流れているほうがいい。自分と音が心地よくいられるくらいの距離。いつしか意識と音楽が溶け合って、境界がなくなっていく。

オールを置いて、仰向けになっている。どこへ向かっているのかは、もう考えていない。心細くないかというと、少しは心細い。ただその心細さは嫌なものではなくて、一人でいることの一部として、風や音楽と同じ層に混ざっている。

いつもは賑やかな椅子で、今夜は一人でいる。それがさびしいかというと、そうでもない。

座面をストラップで吊る構造で、ハンモックのように揺れる。本来はキャンプ用で、折りたたんで収納袋に入る。


スターゲイズ EVO-X [NEMO ニーモ] チェア

まだ乗ったことのない舟──Carl Hansen & Søn CH45

雨の庭に面した窓辺で、黒いロッキングチェアに座り本を読む白髪の人

CH45は、憧れだ。

正直に書くと、値段を見て一度ページを閉じた。手が届く椅子ではない。それでも、この記事にどうしても入れておきたかった。

重心が低く、慣性がある。揺れ始めるまでに少し時間がかかって、動き出すと今度はなかなか止まらない。自分のペースではなく、この椅子のペースに引き込まれていく。漕ぐ必要がない。すでに潮に乗っている舟に近い。

無垢材で作られていて、何十年でも使えるようにできている。実際、そういう時間に耐える。つまり、自分より長く残る。買うというより、途中まで預かるという感じがある。

だからだろうか。この椅子のことを考えていると、老いた自分がそこに座っている姿を想像してしまう。膝に本を置いて、ゆっくり揺れている。その本が『老人と海』だったりする。あの老人も一人で舟を出して、そして帰ってきた。

やり残したことはなかっただろうか、という考えが一度だけ浮かぶ。答えは出ない。揺れがそれを引き取って、思考の速度が落ちて、そのまま遠くなっていく。

音楽は音数の少ないものがいい。ピアノの単音か、弦がゆっくり鳴るような曲。余白が多い方が、この椅子の時間には合っている。気に入っているグラスに飲み物を注いで、それだけで準備が整う。

いつか座る日が来るとして、たぶん感動ではなく、静かさだけが残るのだと思う。窓の外の音が、いつもより少し遅れて届く。

Hans J. Wegnerが1965年に設計した椅子。オーク無垢材に、ペーパーコードの座面。現在も継続して作られている。


CARL HANSEN & SON(カール・ハンセン&サン) CH45 ROCKING CHAIR(ロッキングチェア) / オーク材・ブラック塗装 / ラウンジチェア

揺れの中に、時間がある

どの揺れが正しいということはない。

その日の疲れ方、部屋の温度、流したい音楽の種類によって、必要な揺れが変わる。自分で漕いでいたい日もあれば、流されてしまいたい日もある。仰向けで空だけ見ていたい日も、重い慣性に任せたい日も、ある。

部屋は動かない。椅子も、実際には数センチしか動いていない。それでも、感覚がある。

揺れに身を任せているうちに、部屋が少し変わって見える。自分がさっきと同じ場所にいるのに、時間の流れ方が違う。

それだけのことが、椅子ひとつで起きる。

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